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2012年08月17日

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回

 6月21日(木)は体調不良で掛川市まちづくり塾「まちづくり講義」を欠席したが、その後に調子が戻ってきたので、6月24日(日)の「学びのバス」には出席した。

 今回は、市民活動を見せて貰いに行く。


 母は6月23日~24日と一泊二日で良寛会へ。
 寝たら、ちゃんと起きられぬ恐れぬがあるので、6月23日の夜は寝ず。


 6月24日、晴れ。
 0615朝食。
 0655入浴。
 0749ランカスター6発車。薄曇り。ニコンD2XとAF DXズームニッコール18~200mmVRを持参。
 0804掛川市役所に着。(集合0820)
 受付。昼食代金2000円を支払。
6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 バスは、掛川市所有の中型バスが出払っていたらしく、21人乗り観光マイクロバス(補助席別)だった。

 遅刻者若干名、無断欠席者あり。
 0833発車。(予定0830)
 生徒14名。市役所職員の山崎氏、アシスタントの宇田氏と布施氏が同乗。


6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 0902大須賀市民交流センターに着。(予定0900)
 市役所職員の久野氏が合流。バスが小さいので、乗り切れなかったときのために市のワゴン車で追走してきて呉れていたらしい。結果的には、欠席者が多くて必要なかったのだが。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 0903講義「市民主体のまちづくり」遠州横須賀倶楽部の大番頭の鈴木武史氏。
 昭和62年に立ち上げた。モーターりぜーションで街が衰退しつつあるときに、今で言う「まちづくり」を始めた。当時は祭りも街並みも酷かった。
 昔は地域間抗争が酷かった。足の引っ張り合い。
 貧乏な町だった。
 道が狭いが、人と車の共存が自然なモラルとして出来ていた。
 地元のことを良く知らなかった。街の資源を引き出すことにした。行政は当てにならぬので、自分達でやることにした。補助金なし。
 パロディは長続きしない。古来のものを生かす方向に持って行った。
 食べ物で集客すると客の質が悪くなる(富士宮や喜多方など)。文化だと良くなる。
 好きな人の集まりだから二十年も続いた。
 1003講義終了。


 1010鈴木氏の案内で横須賀まち歩きを開始。(予定1000)
 薄曇り。
6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 最初は、市役所大須賀支所/大須賀市民交流センターの敷地内にある大番所。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 北上して、栗山製麩所。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 更に北上して横須賀街道に入る。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 松本医院。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 栄醤油醸造。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 私は、中まで入るのは初めて。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 醸造樽までも、見せて呉れた。
 伝統的製法を守ろうという意気があった訳ではなく、高度成長期に時代に取り残され、結果として残った由。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 やなせ提灯店(凧と提灯の店)。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 山中酒造(写真家の大竹省二氏の生家)。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 葛西屋陶器店。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 わたや(足袋店)。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 三熊野神社。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 八百甚(割烹旅館)。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 八百甚の内部。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 風紋館(民芸品・工芸品、喫茶)。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 清水邸。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 清水邸の庭園。

 清水邸の裏口を出ると、バスが待っていた。
 1143発車。(予定1120)


6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 1147とうもんの里に着。(予定1135)
 1名合流。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 1153昼食。特別に、食体験部の手づくり豆腐付き。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 私の普段の食事よりは豪勢だが、「学びのバス」の昼食としては期待外れ(笑)。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 1220講義「とうもんの里概要について」とうもんの会の理事長の名倉光子女史(本業はメロン屋の由)。(予定1220)
 立ち上げは大変だった。何年もワークショップ(県職員と市職員も一緒に)。
 公共施設を預かるのは生半可なことでは出来ない。
 1300講義終了。
 1309質疑応答終了。

 1315発車。(予定1250)
 依然、薄曇り。


 バスは倉真の山奥に入っていく。
 1357バス停車。ここからは歩き(バスは通れるがUターン不能という)。
6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 上り坂を歩く。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 1403炭焼き場に着。(写真撮影を忘れたので「森の駅」での講義時の映像の写真)

1417発。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 更に歩く。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 1425時ノ寿の建物「森の駅」に着。(予定1405)
 マイクロバスは楽にUターン出来そうに見えた。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 1429講義「時ノ寿の森の概要について」時ノ寿の森クラブの理事長の松浦成夫氏。~不在村所有者林における間伐、間伐材の多角的活用~
 昭和52年に廃村になった。
 所有者だけではどうにもならない・・・NPOや行政の力が必要。
 森の駅・・・森林再生の心のよりどころ。
 NPOは最終的に自立すべき。
 荒れた山の再生、各地で植樹。
 1506講義終了。
 1527質疑応答終了。
 講義中は、汗びっしょりだった。

6月24日(日)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第1回 森の駅の少し奥の陶芸釜まで行ってみる。

 案の定、マイクロバスが上まで来ていた。下り坂(膝関節が痛む)を歩かずに済んで助かった。
 1543退去。(予定1520)
 1546発車。


 1615掛川市役所に着。(予定1640)
 降られずに済んだ。

 アンケート提出。

 1621ランカスター6発車。薄曇り。
 一旦東に向かい、給油し、西に向かう。
 1649~1847ステーキガスト西掛川店
 1855~1916カメラのキタムラ掛川中央店。
 1930帰宅。



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 6月24日(日)の第1回では「市民活動」を見せて貰った。 今回は「自治活動」を見せて貰いに行く。 前日は多分17時頃に寝入ってしまい、0315起床。 0635入浴。 0...
7月28日(金)の「掛川市まちづくり塾」『学びのバス』第2回【ちゆきの懸想文】at 2012年08月18日 10:01
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