
2011年09月22日
台風15号・・・強風と停電
昨日9月21日、当地(掛川市)は台風15号の直撃を受けた。(14時ごろに浜松付近に上陸したので15時ごろに頭の上を通った計算)
速度が遅くなかったので、総雨量が相対的に少なく、先日の台風12号と違って逆川が当地(掛川市の東山口地区の伊達方区)で氾濫寸前にならずに済んだ。(少ないというのは、あくまで台風12号との相対的な比較であり、可也沢山降ったのではある・・・0830から1821まで大雨警報が出ていた)
雨よりも深刻だったのが風である。
上陸したばかりの「非常に強い」台風の直撃を受けたため、うちの瓦は何枚も飛んだし木は何本か倒れたし、電線が各所で切れたという。
1323に同報無線で、大須賀全域及び千浜一部が停電と報じられた。
1357に同報無線で、日坂地区・東山地区・粟元地区の一部が停電と報じられた。
そして1406、うちも停電した。
その後の同報無線は、屋外スピーカの音は風で聞こえず、個別受信機にはバックアップ電源を用意してなかったので、聞けなかった。
記録を調べたが、うち(東山口地区)の停電は同報無線で流されていない様である。1458に上内田地区の一部の停電が報じられ、1720に「掛川市内の各所」で停電と報じられた模様。
停電は「想定内」の出来事であった。
停電と同時に、居間の天井のLED非常灯が点灯した。
パソコンは、リチウムイオン電池を内蔵したノート機を使っているので、停電後に作業中データの退避と正規のシャットダウン操作をすれば良い。外付けHDDは、遅いのを覚悟で、USB給電のものを、ハブを介さないで、接続している。
NASとサーバにはUPSを噛ませてあるので、数分以内にシャットダウンすれば良い。但し昨日は、両者は稼働していなかったが。
電話は、ISDNの他にアナログ回線も1本あり(仕事用電話番号)、局給電だけで動作する電話機も1台、繋いである。
停電してすぐに、電池式のAMラジオを点けた。
停電で水道局の揚水ポンプが止まるのに備え、湯船と鍋や薬缶に水を汲んだ。結果的には杞憂だったのだが。
ラジオが、1400頃に浜松付近に上陸したと伝えてくる。東海道新幹線は、東京・新大阪間で不通という。
1550区長が、晩の組長会は中止(延期ではなく)と連絡に来た。区長宅の電話はISDNのみらしい。配布資料は、翌日、持ってくるという。
1600過ぎ、風の音が静かになってきた。
扇風機も動かぬので、蒸し暑いが、やむを得ない。
区長に、区の災害時用無線機を非実用的な特定小電力から実用になる簡易無線に変更することに関する参考資料を、渡すのを、忘れた事に気付いた。
1625発。風が強いので、先ほどは「目」に入っていたのかと、そのときは思った。近所の人と立ち話をし、区長宅に資料を届け、1650帰宅。家の中に入ってみれば、風の音は静かなので、風が強いと思ったのは間違いでピークよりは遥かに弱かったのだろう(後刻、瓦が飛んでいたことを発見しており、ピーク時は凄い風だったようだ)。
ラジオ報じる1700台風推定位置は静岡市の北西。風のピークは過ぎたことが裏付けられた。
1800の推定位置は秩父付近という。少なくとも、暴風域による当地での風の被害は、もうないだろう。
1830簡単な夕食。
東海道新幹線は、菊川の倒木のせいか停電していて、名古屋・新大阪間で折り返し運転中という。名古屋まで走っているということは、前日に大雨被害が報じられた名古屋は、災害が収束しつつあるのだろう。
翌日(=今日9月22日)は、天候が回復して暑くなる見込みの由(静岡の予想最高気温32℃・・・お彼岸だというのに)。
天井LED、6時間が経過して、明るさは落ちたが、点いている。予想より長持ちしている。去年までの白熱電球では、こうはいかない。
しかし、8時間半辺りで、常夜灯のナツメ球並みに暗くなり、LEDランタンの出番となった。
2330からの「ひだまりスケッチ×☆☆☆特別編」第1話を見られない。
日が変わっても復電しない。そろそろ想定外である(問題は冷蔵庫)。いや、想定はしており、発発の導入を検討していたのだが、予算面と、キャブレター等の中に残ったガソリンの変質の問題とで、未導入なのである。
融けてしまう前にと、0030「カロリーコントロールアイス」の最後の1個(ラムレーズン)。ソフトクリーム状になっていた。
0145からの「変ゼミ」第2話を見られない。
0206、停電開始から12時間が経過した。冷蔵庫が気掛かり。尚、天井LEDは依然、常夜灯レベルだが、点いている。
0300の台風推定位置、襟裳岬の南という。当地からは完全に去ったと言えるだろう。
0317復電した。13時間11分の停電だった。
速度が遅くなかったので、総雨量が相対的に少なく、先日の台風12号と違って逆川が当地(掛川市の東山口地区の伊達方区)で氾濫寸前にならずに済んだ。(少ないというのは、あくまで台風12号との相対的な比較であり、可也沢山降ったのではある・・・0830から1821まで大雨警報が出ていた)
雨よりも深刻だったのが風である。
上陸したばかりの「非常に強い」台風の直撃を受けたため、うちの瓦は何枚も飛んだし木は何本か倒れたし、電線が各所で切れたという。
1323に同報無線で、大須賀全域及び千浜一部が停電と報じられた。
1357に同報無線で、日坂地区・東山地区・粟元地区の一部が停電と報じられた。
そして1406、うちも停電した。
その後の同報無線は、屋外スピーカの音は風で聞こえず、個別受信機にはバックアップ電源を用意してなかったので、聞けなかった。
記録を調べたが、うち(東山口地区)の停電は同報無線で流されていない様である。1458に上内田地区の一部の停電が報じられ、1720に「掛川市内の各所」で停電と報じられた模様。
停電は「想定内」の出来事であった。

パソコンは、リチウムイオン電池を内蔵したノート機を使っているので、停電後に作業中データの退避と正規のシャットダウン操作をすれば良い。外付けHDDは、遅いのを覚悟で、USB給電のものを、ハブを介さないで、接続している。
NASとサーバにはUPSを噛ませてあるので、数分以内にシャットダウンすれば良い。但し昨日は、両者は稼働していなかったが。
電話は、ISDNの他にアナログ回線も1本あり(仕事用電話番号)、局給電だけで動作する電話機も1台、繋いである。
停電してすぐに、電池式のAMラジオを点けた。
停電で水道局の揚水ポンプが止まるのに備え、湯船と鍋や薬缶に水を汲んだ。結果的には杞憂だったのだが。
ラジオが、1400頃に浜松付近に上陸したと伝えてくる。東海道新幹線は、東京・新大阪間で不通という。
1550区長が、晩の組長会は中止(延期ではなく)と連絡に来た。区長宅の電話はISDNのみらしい。配布資料は、翌日、持ってくるという。
1600過ぎ、風の音が静かになってきた。
扇風機も動かぬので、蒸し暑いが、やむを得ない。
区長に、区の災害時用無線機を非実用的な特定小電力から実用になる簡易無線に変更することに関する参考資料を、渡すのを、忘れた事に気付いた。
1625発。風が強いので、先ほどは「目」に入っていたのかと、そのときは思った。近所の人と立ち話をし、区長宅に資料を届け、1650帰宅。家の中に入ってみれば、風の音は静かなので、風が強いと思ったのは間違いでピークよりは遥かに弱かったのだろう(後刻、瓦が飛んでいたことを発見しており、ピーク時は凄い風だったようだ)。
ラジオ報じる1700台風推定位置は静岡市の北西。風のピークは過ぎたことが裏付けられた。
1800の推定位置は秩父付近という。少なくとも、暴風域による当地での風の被害は、もうないだろう。
1830簡単な夕食。
東海道新幹線は、菊川の倒木のせいか停電していて、名古屋・新大阪間で折り返し運転中という。名古屋まで走っているということは、前日に大雨被害が報じられた名古屋は、災害が収束しつつあるのだろう。
翌日(=今日9月22日)は、天候が回復して暑くなる見込みの由(静岡の予想最高気温32℃・・・お彼岸だというのに)。

しかし、8時間半辺りで、常夜灯のナツメ球並みに暗くなり、LEDランタンの出番となった。
2330からの「ひだまりスケッチ×☆☆☆特別編」第1話を見られない。
日が変わっても復電しない。そろそろ想定外である(問題は冷蔵庫)。いや、想定はしており、発発の導入を検討していたのだが、予算面と、キャブレター等の中に残ったガソリンの変質の問題とで、未導入なのである。
融けてしまう前にと、0030「カロリーコントロールアイス」の最後の1個(ラムレーズン)。ソフトクリーム状になっていた。
0145からの「変ゼミ」第2話を見られない。
0206、停電開始から12時間が経過した。冷蔵庫が気掛かり。尚、天井LEDは依然、常夜灯レベルだが、点いている。
0300の台風推定位置、襟裳岬の南という。当地からは完全に去ったと言えるだろう。
0317復電した。13時間11分の停電だった。
Posted by ちゆき at 06:45│Comments(3)
この記事へのコメント
先ほど、また停電がありました。
Posted by ちゆき at 2011年09月22日 22:14
こんにちは 停電大変そうですね; ウチは何とか大丈夫でした。
Posted by TOM at 2011年09月24日 16:25
TOMさん、いらっしゃいませ。
ありがとうございます。
停電は、冷蔵庫と風呂を除き、不便でしたが我慢できました。
街の方は殆んどの地域で停電は無かったようですね。
市内全域が復旧するには9月23日の夜中まで掛かったらしいです。
瓦や樹木や竹などの被害はかなりのものでした。
でも、街の方でも塀や壁や看板などがかなりやられたと聞いています。
雨は台風12号の方が凄かった(氾濫寸前)ですが、風は台風12号よりも遥かに凄かったです。
ありがとうございます。
停電は、冷蔵庫と風呂を除き、不便でしたが我慢できました。
街の方は殆んどの地域で停電は無かったようですね。
市内全域が復旧するには9月23日の夜中まで掛かったらしいです。
瓦や樹木や竹などの被害はかなりのものでした。
でも、街の方でも塀や壁や看板などがかなりやられたと聞いています。
雨は台風12号の方が凄かった(氾濫寸前)ですが、風は台風12号よりも遥かに凄かったです。
Posted by ちゆき
at 2011年09月25日 14:51

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